女性農業コミュニティーリーダー塾 実践編
東京・大阪合同研修 前編レポート
障害者支援施設が日本を代表するワイナリーになるまで…
2019.1.29
1月28日、29日は東京と大阪の受講生が一堂に会する合同研修。初日は栃木県足利市まで足を伸ばし「ココ・ファーム・ワイナリー」を視察しました。
ココ・ファーム・ワイナリーは、障害者支援施設「こころみ学園」のワイン醸造場。学園生とスタッフによって作られたワインは、2000年に行われた九州・沖縄サミットの晩餐会や、2008年の北海道洞爺湖サミットでは「総理夫人主催夕食会」で使用され、世界に誇れるワインとして一躍有名になりました。
しかしそれは、ココ・ファーム・ワイナリーが持つ“顔”のほんの一部。施設長の越知眞智子さんによると、1969年の設立から今まで、農福連携の一言では収まらない、人の心を動かすストーリーがあったのです。
越知さんの明るい人柄で笑いの絶えない講演のタイトルは「あったもがんばん」。この意味は、のちほど!
①この事業は、どのような問題意識があって立ち上げられたのか?
②どうやって協力者を巻き込んできたのか?
③どう交流を広げていったのか?
そんなポイントを気にしながら、こころみ学園の歴史を紐解いていきましょう。
「こころみ学園」を設立したのは、越知さんのお父様である川田昇さん。川田さんは、足利市の公立中学校で精神薄弱児学級の担任に就任します。
「卒業しても自分の力で生きていけるように」という強い思いから、農業の技能を身に着けてもらいたいと、1958年に生徒と一緒に足利市の山林を開墾し、椎茸とブドウの生産を始めます。これが「こころみ学園」のはじまり。その後、川田さんは千葉県立袖ヶ浦福祉センター所長を経て、1969年「こころみ学園」を創設します。
施設で大切にしたのは「自分たちのことは自分たちでやる」ということ。園生たちは、椎茸の原木運び、ワイナリーの仕事、洗濯・食事の支度なども、自分たちで行なっています。園生の平均年齢が50歳代になった今では、さすがにパートさんの手伝いも増えましたが、基本の姿勢は変わりません。
講演に先立ち、施設を見学。山から椎茸の菌を埋める木を切り出す「椎茸の原木運び」は、もっとも障害の重い園生の仕事。全員が自分にできる仕事で人の役に立っています。
■葡萄に「なりたい」と思わせるワインを作る!
川田さんの信念は「福祉を売り物にして、お情けで買ってもらうワインは造らない」ということ。「葡萄がなりたいワインを作る」をキーワードに、完成度を高めるため試行錯誤を繰り返していきます。
そこでキーマンになったのは、知人の紹介で招聘した、名だたるワイナリーに勤めた醸造家のブルース・ガットラヴ氏。実は最初は半年のコンサルティングのつもりだったのが、結局14年も手伝ってくれることになります。
ほかにもたくさんの協力者たちが、施設の信念に動かされてきました。
園生は自信を持って社会と関わるために労働力を提供し、ココ・ファーム・ワイナリーから園生には賃金が支払われる仕組みができています。それは、ココ・ファーム・ワイナリーを有限会社として設立した際の出資者が保護者たちだから。そのおかげで、会社として利益を出して配当金を出すよりも、園生に最低賃金を割らない給料を渡すことを目的に会社を運営することができています。
苗木植えやブドウの実への傘かけなどで必要なボランティアも、基本的には口コミ。中には施設の創設以来30年以上も続けているボランティアもいらっしゃいます。また、施設を手伝いに来た学生を案内したり、HPで告知をすることもあるほか、ここ4、5年は、外資系企業などのボランティアが30人ぐらいバスに乗って手伝いに来てくれるそう。
秋の収穫祭にも、プロのバイオリニストを始めとしたたくさんの支援者がいます。頼んだことはなく、ほとんどが口コミで集まるそう。協力者たちは「気持ちがいい空間だ」と言ってくれるそうで、越知さんは「やはり園生たちの魅力」と言います。
過去には施設が火事になるという危機もありましたが、越知さんは「今までなんとかなったのだから、なんとかなる」と前向きな見方を絶対に手放しませんでした。それは、協力者がたくさんいるからという理由だけでなく、施設と園生たちとの信頼関係にも基づいているのです。
講演のあとはまた施設を見学。お話を伺った後だと、貯蔵庫や瓶詰めの作業場などすべての施設・作業に物語があることが感じられ、感慨に包まれます。
ビネガーの試飲もさせていただきました。
塾生たちも越知さんの話を聞いてすっかり協力者に!「こころみ学園」の関連商品が買えるショップでのお土産選びにも熱が入ります。ココ・ファーム・ワイナリーのストーリーに惹かれたファンが全国にはたくさんいて、ワインの約80%が通信販売で売れているのです。
■「この人達と一緒ならなんとかなる」という信頼関係
初日の締めくくりでは、塾生からなんと150もの質問が寄せられました。それを集約して、金子先生とのクロストークが行われました。
機知に富んだ越知さんの答えに、たびたび笑いが巻き起こりつつも…にじみ出る越知さんと園生との信頼関係に、心を動かされる講演となりました。そこで、集約した質問の中から、いくつかご紹介しましょう!
Q:この仕事をしていて、いちばんの喜びは?
「みんなが変わることですね。重い自閉症の園生は、急な斜面が登れません。突然、こういった施設で働くようになり不満もあるようで、何度も同じ質問をぶつけてきます。でもその質問に何度も答えるうちに彼らもスッキリしてきて、日々、自然の中で体を動かしていくうちに変わっていくので、農業はすごいですね。『斜面が人を育てる』と私達は言いますが、そうやって変わるのが見たくて続けています」
Q:農福連携を考えているが、障害のある人に合った作業の考え方などは?
「農福連携というより、ただやれることをやってきただけです。あえてコツを挙げるなら、この人達は私達が嫌だなと思うことを嬉々としてやってくれる。料理のためにじゃがいもを8キロ剥くなんて私達は面倒だけど、『得意な人』に頼むと喜んでやってくれます。作業するラインで8時間働くのは私達にはつらいけど、この人達には楽しくて仕方がないことだったりします。
この人達は『人の役に立ちたい』『助けたい』と思っていて、本当に一生懸命です。ずっと働きたいという強い思いもあるので、もう休んでもいいんじゃない?なんて、年寄り扱いした時は、怒ってしばらく口をきいてくれませんでした(笑)」
Q:経営上困っていることは?
「社会保障費が減った時、資金が足りるか?という点は心配です。さらに、こういった仕事をする人が少なくなったことも心配です。施設ができて50年が経ち、3割の園生が介護の対象になっています。
でも、施設が火事になった時も日本財団が助けてくれたし、販路拡大でスパークリングワインを作るとなった時も、保護者などが1口10万円で資金を寄せてくれました。困った時はいつもだれかが助けてくれたので、これからもなんとかなると思っています」
「ただやれることをやってきた」という越知さんは、「この人達と一緒なら、なんとかなる」と、園生との強い信頼関係を築いています。この日の講演のタイトル「あったもがんばん」は、施設が火事になって途方にくれた時に園生が言った「明日も頑張ろう」というこの土地の言葉。それに越知さんはとても勇気づけられたそう。
園生たちに何かしてあげるだけではなく、園生たちが助けてくれることもある。お互いの信頼関係が話の端々に現れています。また、越知さん自身の魅力も人を惹きつけています。こころみ学園とココ・ファーム・ワイナリーの、意図せずとも築かれた強みにしっかりと触れ、心を動かされる講演となりました。
懇親会ではココ・ファーム・ワイナリーの6種類のワインで乾杯!